希望の星となるか。
低迷にあえぐカープの希望の星としてではなく、少し違った視点から。
13日の試合では素晴らしい投球を披露し、完投勝利を挙げた床田投手。前回の先発登板でも白星を挙げ、今シーズンここまで3度の先発で2勝を挙げています。床田投手のこの活躍は、2017年に肘の側副靭帯の再建手術、所謂トミー・ジョン手術を受け、そこからの長いリハビリを乗り越えての復活劇でした。
トミー・ジョン手術とは
トミー・ジョン手術と言えば、直近では大谷翔平選手が受けたことで大きな話題となりました。現在リハビリ中の大谷投手ですが、5月上旬には野手としての出場を見込んでいるようです。
主に投手が受けることの多いこの手術は、上腕と前腕をつなぐちょうど肘の内側部分にあたる側副靭帯(UCLと呼ばれます)の損傷や断裂により投球が困難になったときに、その再建手術として行われます。
多くは利き手と反対側の手首にある筋を採取し、損傷した靭帯の代わりとして使用するという手法がとられます。
現在では成功率の高い(90%近く)この手術ですが、投手の場合、本格復帰にはおよそ1年半を要し、失敗する場合や再度の手術を要するケースもあります。
この手術法、最初に考案したのが言わずと知れた名医フランク・ジョーブ博士(パワプロの人気キャラクター、ダイジョーブ博士の元ネタというのは有名ですね)。
そして実際に初めて手術を受けたのが、当時ドジャースの投手だった左腕トミー・ジョン氏です。
成功率は1%と言われながら(ただし、ジョーブ博士には成功の確信があったようです)手術を決断した彼の勇気を称えて、ジョーブ博士がトミー・ジョン手術と呼ぶようになりました。1974年、今から45年も前のことです。
『コロンブスの卵』という言葉がありますが、何のノウハウもサンプルも無い中で最初にこれに取り組むのには大変な困難と、何より勇気が必要だったことでしょう。
この2人の努力による最初の成功が、のちの長きに渡ってたくさんのプロ野球選手の選手生命を延ばしたり、蘇らせたりしたのです。
執刀医としてはジョーブ博士のほか、ルイス・ヨーカム博士やジェームズ・アンドリュース博士らが有名ですが、ジョーブ博士は2014年に亡くなり、ヨーカム博士はその前年に亡くなっています。
アメリカでのトミー・ジョン手術
トミー・ジョン手術は、現在のアメリカの野球界では非常に一般的なものになっています。
特に投手については、近年はプロ入り前、学生時代に既に経験している選手も多く見られ、またドラフト指名されて入団した直後に手術を受ける例もかなりあります。
中でも速球派の投手は高い割合で受けており、スティーブン・ストラスバーグ投手やジェイコブ・デグロム投手、ウォーカー・ビューラー投手らが有名ですね。
そもそも人間の身体はボールに対して150キロもの球速を出す動作を1日に100回、1年に3,000回以上も行うのに耐えられるようには設計されていないはずで、いくら鍛えているとはいえプロ野球選手の故障リスクというのは当然に高く、特に靭帯のように短期での自然治癒が期待できない部位に関してはこのようになるのは当然とも言えます。
野手でも経験者が年々多くなっている印象で、最近ではヤンキースのグレイバー・トーレス選手とディディ・グレゴリウス選手の二遊間コンビが立て続けに受けていました。
この手術で大切な要素の一つが術後のリハビリで、これにより投球動作に関連する筋力が術前より増強されたりするなど復帰後のパフォーマンスを向上させるのに大きく役立っています。このノウハウが確立されてきたために『トミー・ジョン手術を受ければ球速が上がる』といったことが信じられるようにもなりました。
また手術を受ける年齢が若いほど復帰後のパフォーマンスを含めた成功率が高いとされており、これが手術に踏み切るハードルをさらに下げていると考えられます。
余談ですが・・・
このトミー・ジョン手術を含めた、野球界の投手、とりわけこのUCLに関する話をテーマとした書籍『豪腕 使い捨てされる15億ドルの商品』には、とても興味深い内容が書かれています。
著者は野球ジャーナリストとして有名なジェフ・パッサン氏。
メジャーリーグの情報収集に、氏のTwitterをフォローしている野球ファンの方も多いのでは。
本書では、ショービジネスと化してゆくアメリカのアマチュア野球界、ある意味その犠牲となる学生選手達、そしてアメリカだけでなく、日本の野球界、特に甲子園を中心とした学生野球にもフォーカスしています。
日本人選手では日本ハムの立田投手、楽天の安樂投手が登場します。またMLBきっての変人、トレバー・バウアー投手も結構出てきます。(笑)
野球に関する書籍では『マネー・ボール』や『ビッグデータ・ベースボール』などが有名ですが、この『豪腕』も独自の切り口で野球を捉えており、とても面白いオススメの一冊です。

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そういえば、大ヒットした『もしドラ』も野球要素を含んだ書籍ですが、発刊から早くも10年が経とうとしているんですねえ・・・驚きです。

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あの表紙が大人に購入を躊躇わせるのに充分なインパクトがありますが、読んでみると面白いですよね。私は好きです。
日本人選手について
話は戻って、このトミー・ジョン手術。
日本人選手では、メジャー経験のある選手については大谷翔平選手をはじめ、ダルビッシュ有投手、田沢純一投手、現阪神の藤川投手や中日の松坂投手、ソフトバンクの和田投手など、多くの選手が経験しています。
また、ヤンキースの田中将大投手はUCLの部分断裂を起こしトミー・ジョン手術に踏み切るかと思われましたが、PRP療法(血小板の成分を注射し、修復能力を高めるとされる方法)を選択しました。
現在までのところ、不安を感じさせないパフォーマンスを見せています。
かたや日本プロ野球に限定すると、古くは村田兆治氏、あるいは桑田真澄氏などが有名ですが、最近では国内のみで活躍している選手でのトミージョン手術は有名選手には少なく、2軍の選手や若手にはいるものの、その後に活躍を見せる例は少ないようです。
ちなみにヤクルトの館山投手は3度のトミージョン手術を受けたことで有名ですね。
また今年カープの高橋昂也投手も、手術に踏み切りました。
なお、現在NPBでプレーする外国人投手にもトミー・ジョン手術経験者は多く、カープではジョンソン投手とヘルウェグ投手、他に巨人のマシソン投手などがいます。
日米での差
日米の野球界では、トミー・ジョン手術の経験者数に圧倒的な差があります。
また、日本の場合は若い選手が手術に踏み切るケースがとても少ないことも特徴です。この日米の違いについて、私ははっきりとした原因をつきとめる見識は持ち合わせていません。
中4日ローテと中6日ローテの違い、そもそもの絶対的な球速の違いなどの身体にかかる負担の問題もあるでしょう。
MLBとNPBでは同じ1年半の離脱でも、特に若い選手にとっては相対的に或いは心理的にロスが違って感じられ、NPBでは手術に踏み切ることに躊躇している選手がいるのかもしれません。
またもしかしたら、『休むのは悪』『痛みを我慢する』といった旧来の日本人的価値観で故障を隠しながら投げている選手がいるのかもしれません。
ただ現時点で一つ確かなのは、『主に投球動作によって肘に負担がかかった結果、程度により再建手術が最善の対処となる』ということです。
現在ではトレーニング手法や栄養学もどんどん進化し、甲子園を見ていても選手の身体が急速に大きくなっているように見えます。
そして私が子供の頃には直球が130キロ台をマークする投手は本格派と呼ばれていたものが、今や150キロをマークしてもそれほど驚かれなくなっています。
しかし、この20年そこらで我々日本人が屈強な体格に進化したわけではありません。昔以上に、選手の身体には大変大きな負担がかかっているはずなのです。
ということは、特に投手であれば、この肘の再建手術に踏み切るケースが日本国内でこれから一気に増えてきても何ら不思議ではないと思います。
がんばれ床田投手!!
そんな中、22歳でトミー・ジョン手術に踏み切り、長く不安なリハビリを乗り越え、執刀した病院やリハビリ中に支えてくれた菊地原2軍投手コーチへの感謝も話題となった床田投手。
素晴らしい!ますます応援したくなりますね。
— carpballlll@野球好き🌻🇺🇦 (@baseballlll4) 2019年4月14日
広島床田がプロ初完投 記念球は手術受けた病院へ https://t.co/XnHx7obkTg
トミー・ジョン氏はキャリア通算で288勝を挙げていますが、うち再建手術後の勝利は164。
床田投手も是非ともこれから健康を維持しつつ球界を代表する投手に成長し、長きに渡る活躍を見せて欲しいですね。そして日本球界のトミー・ジョン手術経験者の成功例として、将来手術に踏み切る選手やリハビリ中の選手など、野球界の故障に悩む方々に多くの助言をしていってくれたら、とても素晴らしいことだと思いますね。本当に頑張ってほしい!
という、主観だらけのお話でした。